9.6兆円もの建設費を要するリニア新幹線に本当に成算があるのか?

沖 啓二

川崎市麻生区在住。「日本のビジョン・希望の再設計」を執筆
日本のビジョン・ブログ版(http//d.hatena ne.jp/okikeiji)


 JR東海が中央リニア新幹線の建設主体になると言うが、9.6兆円もの建設費を要するこの大プロジェクトに、ほんとうに成算があるのだろうか?

 国民は、”国鉄”のこ となど、もうすっかり忘れているが、1987年、旧国鉄がJRに再編された時、国鉄の負債は37兆円もあった。このうち25兆円は国鉄清算事業団に移管、残りの12兆円をJR各社が負担した。当時、バブルの最盛期で、国鉄清算事業団は、資産を売却して債務返済をはかる予定だった。だがバブルが破綻。資産価値が急落し、債務返済どころか、金利も支払えない始末。結局、1998年、国鉄清算事業団は解散し、逆に28兆円に増えた債務のうち、24兆円を国の債務とし、残りの4兆円をJR各社が上乗せ負担した。国の債務はいま、1千兆円超の累積財政赤字の一部になっている。

 JR東海も5兆円を負担したが、昨年3月までに、3兆円弱まで減らした。15年かってやっと2兆円減。その企業が新たに9.6兆円を負担すると言っている。

 パナソニックやシャープが、超優良企業から脱落した原因は、過剰投資だった。民間企業であるかぎり、どう行動しようと、国民には直接関係がない。JR東海も民間会社だ。しかし通常の民間企業ではない。JR東海が破産すれば新幹線がストップする。そうなったら国が救済せざるをえない。つまりJR東海の過剰投資は国民の負担になる。このプロジェクトの採算性を考えれば、JR東海の経営者は、それを勘定にいれて、行動しているとしか思えない。またJR東海にゴーサインを出した交通政策審議会も、その前提にもとずいて、ゴーサインを出したのだろう。

 中央リニア新幹線の計画作成にあたり、JR東海は次の3つの前提を設定している。(1)3%の金利、(2)新幹線利用者(または運賃収入)の増加、(3)長期負債の上限5兆円。

 まず金利だが、私の試算では、金利が4%になると、JR東海の資金負担は約3兆円増かする。JR東海の年間売上の2倍、年間経常利益の10倍である。それほど金利の影響は大きい。

 次に新幹線利用者の増加だが、JR東海の計画では、東海道新幹線の利用者数は2027年まで横ばい。2027年に、東京・名古屋間の中央新幹線が動き出すと、その時点から(2つの新幹線を合算した)利用者数が5%増になる。その先は年々利用者が増加し、現状から10%まで増加。更に2045年、名古屋ー大阪間が完工すると、新幹線利用者数は15%増になる。

 これからの時代、売上の自然増加はむずかしい。国全体の輸送需要は減りこそすれ、増えることは期待しにくい。JR東海もそれを知っているから、高速道路や飛行機からの需要シフトを強調している。だが、そうなれば、今度は高速道路や航空会社が困る。公共交通機関は、自由競争で、客を奪い合えばよい、というものではない。国土の輸送インフラをどう構築するかという、もっと高い立場からの検討が必要だ。それが交通審議会の役割ではないか?

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 (3)の借入上限設定も(2)に関係する。負債に上限を設けるのは、金利支払に限度があるからだ。借金をしても、現金で利子を支払うかぎり、借金は増えない。しかし、借金で利子を支払わざるをえなくなると、借金は雪だるま式に増えていく。つまり企業の借入上限は金利に充当できる現金、すなわち“キャッシュフロー”の大きさできまる。JR東海の場合、(2)の利用者増計画が達成できなければ、予定したキャッシュフローが入らず、借入金の上限を引き下げなけれあばならない。そうなれば事業は縮小せざるをえない。、

 もちろん逆のケースもある。金利が2%に下がるかもしれない。キャッシュフローが改善されることもありうる。このプロジェクトの息は長い。JR東海が債務を完済するのは、早くても2090年代になろう。採算性を計算しようにも、そんな先まで読みきれない。だからこそ、このような長期プロジェクトでは、キャッシュフローがどうとか、金利がどうとかいう以前に、まず事業の必然性、すなわち、本当に遂行すすべき事業なのか、それが問われねばならない。

 今の東海道新幹線でも、60年前の計画時、どれだけの成功確率を読み込んでいたか? 「リニア新幹線でも同じだ」と言う人がいる。それは根本的にちがう。60年前、日本には何もなかった。今は鉄道、道路、航空路線、日本列島にはネットワークが張りめぐらされている。中央リニア新幹線は必要だろうか?

 ひたすら高速で走ってきた時代は終わっている。次の時代は、もうすこし落ち着いて、精神的な豊かさを追う時代にしたい。